村上春樹「日々移動する腎臓のかたちをした石」感想【心がざわっとする】『東京奇譚集』より

『東京奇譚集』文庫本の後ろの方に ”この作品は平成17年9月に刊行された”とあリます。2005年なので、16年以上前の作品ということですね。

『東京奇譚集』は5つの短編から構成されています。時々、パラパラとページをめくりどこから読み始めても、流れるような文体、つまずくところがない、すぐに物語の中に入り込めます。

その中で、一番心に残ったのが『日々移動する腎臓のかたちをした石』という短編。この感想を書いてみたいと思います。

*ネタバレあり

あらすじ

主人公、淳平(31歳)は小説家。16歳の時に父から「男が一生に出会う中で、本当に意味を持つ女性は三人しかいない」と断言されたことが呪縛になっている。それから女性と知り合うたびに「この女は本当に意味を持つ相手なのか」と問いかけることになった。大学生の時に、本当に意味のある女性と知り合ったが、彼女は彼の一番の親友と結婚してしまった。つまり、3枚のカードのうち1枚は既に使っていた。

淳平は、あるパーティーで一人の女性と知り合う。背の高い姿勢のいい女性。名前はキリエで、年は淳平より上の36歳。彼女は淳平が小説家であることに興味を持った。彼女は職業を明かさなかったが ’最初から完全なものを要求される’ がヒントだった。それから二人は定期的に会うようになった。彼女は淳平に今書いている小説について尋ねる。

それが『日々移動する腎臓のかたちをした石』

つまり、主人公の小説家、淳平が書いているタイトルを、村上春樹は小説のタイトルにしている、という二重構造ですね。

主人公は女性。年齢は30代前半で、腕のいい内科医。大きな病院に勤めている。この病院の40代後半の外科医(妻帯者)と秘密の関係を持っている。彼女は休暇で一人で旅行をする。山あいの小さな温泉宿に泊まり、河原を歩いているときに、石を一つ見つける。赤みがかった黒で、つるつるしていて見覚えのある形、腎臓のかたちをしている彼女はそれを持って帰り、病院の自分の部屋で文鎮として使うことにする。

しかし、朝になると、その腎臓石が移動している。回転椅子のシートに乗っていたり、花瓶の隣に置いてあったり、床に転がっていたり、、、。腎臓石は夜の間に居場所を変えている。

淳平の筆はそこで止まっている。キリエは「その腎臓石は自分の意思を持っている。彼女(医師)を揺さぶりたいのよ」と言う。

「なぜ揺さぶりたいたいんだろう?」淳平の問いに「それはあなたが決めることじゃないかしら。だって小説家なんでしょ」と。

淳平は物語を書き進めていく。

腎臓石は女医を揺さぶり続ける。

そして、その石が外部からやってきたものではないのだろうーーーとわかってくる。それは彼女自身の内部にある何かなのだ。その何かが、腎臓のかたちをした黒い石を活性化し、彼女に何かしらの具体的な行動を取ることを求めている。そのための信号を送り続けている。夜ごとの移動という形をとって。

淳平は小説を書き上げ、すぐにキリエに電話をかけるが、つながらない。彼女からの連絡もない。彼女はいなくなってしまった。彼女の不在は、淳平に予想していた以上の激しい痛みをもたらす。

考察、感想

小説はまだ続くのですが、あらすじはここまで。

赤みがかった黒で、つるつるしていて見覚えのある形、腎臓のかたちをしている

彼女を揺さぶり続ける腎臓のかたちをした石。それは彼女自身の内部にある何か

すごく心がザワっとしました。この腎臓のかたちをした石の印象があまりにも強く、この小説は女医の話だと覚えてしまっていた、淳平とキリエのことを忘れていたぐらいに。多分、自分の中にも、腎臓のかたちをした石があって、揺さぶられている、、ような気がしたのです。

小説の後半で、キリエの正体が偶然わかるのですが、淳平はもう彼女と会うことはありません。彼女は淳平から去っていったのです。いつも彼自身が、女性と親密な関係になることを回避して去っていったように。

淳平は、最後に、キリエが本当に意味のある女性だったと認めます。同時に、意味のある女性をカウントすることが無意味であること、大事なのは誰か一人をそっくり受容しようとする気もちなんだと理解します。

そして、同じ頃、女医の机の上からは、腎臓のかたちをした黒い石が姿を消しています。

この最後はとても粋ですね。

最後の方に、淳平が去ってしまったキリエについて持つ特別な感情の描写があります。これは村上春樹の小説を読まないとわかりません。その丁寧な描写を切り取ることはできません。

そして ”欠落もまた存在している” ということに気づかされます。

私の中の腎臓のかたちをした石はどうなったのか?ーーわかりません。まだ残っているような気がします。

そして、もしかしたら、誰もがそういう石を心に持っているのかもしれません。

ことばでは説明できません。心の奥をぎゅっと掴まれるような、ざわっとする感じ、村上春樹を読む大きな魅力です。

お読みいただきありがとうございました。

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