
『日本国憲法』って、何のため、誰のためにあるの?
みなさんは、日本国憲法を読んだことがありますか?
小学校か中学校ですごく基本的なことは習いましたよね。
日本国憲法:国の最高法規である。
三大原則: 国民主権、基本的人権の尊重、平和主義
でも、『憲法て、何のため、誰のためにあるか?』ご存知ですか?
以下は、日本弁護士連合会:憲法って何だろう?のサイトからの抜粋です。
憲法って、誰のために、何のためにあるの?
憲法は、国民の権利・自由を守るために、国がやってはいけないこと(またはやるべきこと)について国民が定めた決まり(最高法規)です。
たとえば、国民の表現の自由を守るため、憲法21条は「…表現の自由は、これを保障する」と定めて、国に対し、国民の表現活動を侵してはならないと縛りをかけているのです(これが「基本的人権の保障」です。)。
このように、国民が制定した憲法によって国家権力を制限し、人権保障をはかることを「立憲主義」といい、憲法について最も基本的で大切な考え方です。
そして、国民の権利・自由を守るため国に縛りをかけるという役割をもっている憲法が、簡単に変えられてその縛りが緩められてしまうようでは困りますから、通常、立憲主義の国では、憲法を変えるには、普通の法律を変えるより厳しい手続が必要とされています。
憲法は、国民のために、国民の権利・自由を国家権力から守るためにあるのです。
憲法は法律と何が違うの?
法律というと、私たちが守らなくてはいけないもの、そして違反すると処罰されることもあるもの、という恐いイメージがあるかもしれません。憲法は、そのような法律とは違って、私たちの権利・自由を守るためにあるのです。
法律の多くは私たちを縛る。憲法は私たちの権利・自由を守るため国を縛る。法律と憲法とでは、向いている方向が逆と考えるとわかりやすいでしょう。
日本国憲法も、まさに立憲主義に基づく憲法として、国家権力に縛りをかけることで、人権を保障しています。
そうなんです!!
憲法は、国家権力を縛り、国民の権利・自由と自由を守るための最高法規なのです。
国民は、憲法を守る義務はありません。
第九十九条に、天皇または摂政および国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ、と明記されています。
私は約20年前に、伊藤真氏(弁護士)が書かれた「憲法」の本を読んだ時、『憲法は、国家権力から、国民を守ってくれる決まり』と初めて知り、目から鱗の衝撃を受けました。その時から、「日本国憲法」を大事に思ってきた気がします。
しかし、2026年2月8日の衆議院選挙で自民党が圧勝し3分の2以上の議席を獲得しました。その勢いで、今、政府は「憲法改正(改悪)」を急激なスピードで進めようとしているのをご存知ですか?
おかしいと思いませんか? “国家権力を縛るための憲法”を、縛られている国家権力が変えようとしているって、、、。
それを知ってから、私は日本国憲法をプリントアウトして再度、読みました。変な言い方かもしれませんが、読めば読むほど感動します。
私たちが生まれた時から日本国憲法はありました。憲法は空気のような存在だったから、意識もしていなかったけど、私たち国民はこの憲法によって、平和、自由、人権を守られてきました。
ここで少しずつ、実際の憲法に照らし合わせながら、書いていきたいと思います。
日本国憲法 前文
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その複利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を祈願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国との対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
格調高く、美しい前文です。これを読むたびに、背筋が伸びる思いです。
ここでクイズです。以下の数字が何を表すかわかりますか?
推定2500万人以上(内 日本人は約310万人)
これらの数字は、1931年9月に日本が中国を侵略して満州事件を起こしてから、1941年12月に第二次世界大戦へ参戦、1945年8月に終戦を迎えるまでの約15年間で、中国およびアジア全域と日本人の戦争犠牲者の推定人数だそうです。(正確な人数は不明。2500万〜5000万人と記載されているサイトもあります。)
そのうち、日本人の犠牲者は約310万人だそうです。
戦争による負傷や病気、生活の困窮などで、戦後亡くなった人々も多くいたでしょう。戦争によって大切な家族や友人を失った人々の痛みは計り知れません、、。
この犠牲者数を知り、私は衝撃を受けました、、、。
日本国憲法は、1946年11月3日公布、1947年5月3日に施行、終戦から2年を待たずに施行されました。
”政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにするを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。” という一文があります。
これは、戦争で亡くなった何千万人もの人々の犠牲の上に作られた憲法であり、再び過ちを犯さないことを決意して制定されたのです。
しかし、これほどの犠牲を払っても、“また戦争を起こしたがる政府が必ず現れること”を想定し、そのような政府の暴走を抑止しているのです。
主権国民を宣言し、戦争を起こしたことへの深い反省と懺悔、犠牲になった人々への鎮魂、恒久平和への祈りと誓いが込められたこの前文に、私は心を打たれます。そしてこの思いを引き継がねばと思います。
敗戦国となった日本が、この「日本国憲法」を制定できたことは、戦後に生まれた日本人として本当に幸運だったと思います。この憲法のおかげで、戦後81年間、日本は戦争に巻き込まれることもなく平和に暮らすことができました。
そして、“基本的人権”が保障され、女性にも選挙権が与えられました。日本人誰にでも”基本的人権“が保障された画期的な憲法なのです。
しかし、昨今の政府の動きを見ていると、”再び戦争ができる国にするため”に猛烈なスピードで準備が進められていて、強い危機感を感じています。
第二章 戦争の放棄
〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕
第九条 日本国民は、正義の秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
これが、有名な 戦争放棄を明文化した “第九条” です。
この九条がその威力を発揮したのは、戦後アメリカから、海外の戦争や紛争に”自衛隊派遣”を要請された時です。
時の内閣が、自衛隊派遣について下した判断の例をいくつかを、以下に記します。(情報はChat GPTからです。)
| 年代 | 紛争・戦争 | 内閣 | 自衛隊派遣の有無・判断 |
| 1964–1973 | ベトナム戦争 | 佐藤栄作内閣→ 田中角栄内閣 | 派遣要請を断る。民間・物資支援のみ。 |
| 1990–1991 | 湾岸戦争 | 海部俊樹内閣 | 戦闘地域への派遣は断る。限定的後方支援(給油等)の検討のみ。 |
| 1992–1995 | ボスニア紛争 | 宮沢喜一内閣 → 村山富市内閣 | 戦闘地域派遣は断る。PKO活動は限定的に後年実施。 |
| 2001–2014 | アフガニスタン戦争(対テロ戦争) | 小泉純一郎内閣 → 安倍晋三内閣 | 戦闘地域での活動は断る。補助・後方支援に限定(空輸、施設支援など)。 |
🔹ポイント
- 戦後、日本の自衛隊は海外戦闘地域への派遣は原則拒否してきた。
- 憲法9条と国民感情が判断の根拠。
つい最近では、2026年3月19日の日米首脳会談で、アメリカの大統領から、イラン紛争(戦争?)への自衛隊派遣要請に対して、日本政府は、憲法九条を根拠に要請を断ったと言われています。(政府が国会での質疑に何も答えないので、詳細はわかりませんが)。
こうして歴史を振り返ると、憲法九条が盾になり、アメリカから海外紛争・戦争への自衛隊派遣が見送られてきたことがわかります。
但し、小泉純一郎内閣から安倍晋三内閣にかけては、憲法九条の解釈を変えて、戦闘地域には行かず後方支援という形での派遣がなされたようです。
自民党は「日本国憲法改正草案 自由民主党」をネットで公開しています。
仮に九条が改定案のように改定されれば、日本は自衛隊(国防軍?)を憲法に明記することになり、アメリカの派遣要請を断れなくなり、海外の戦争・紛争に加担することになります。再び戦争ができる国になるのです。アメリカに追従して他国を攻めれば、その国から日本が攻められるリスクも出てきます。
また自衛隊(国防軍?)を憲法に明記すれば、それを維持するために”徴兵制”が始まり、男子だけでなく女子も徴兵される可能性が出てきます。若い人が戦争のために徴兵される国、そんな未来を次世代に渡すわけにはいかないです。
尚、現憲法でも、他国から攻められた時の自衛権は認められています。
この憲法が制定されるために2500万人以上もの尊い命が犠牲になりました、そのことを決して忘れてはいけない。一部の権力者に、二度と戦争を起こさせないためには、この憲法と第九条が絶対に必要です。
日本国民と日本政府は、この世界に誇る憲法を堅持し、世界平和のリーダーになることを目指すべだと思います。そして少なくとも、平和で人権が守られる日本を次の世代に引き継ぐ義務があると思います。
伊藤真弁護士の以下の動画もご参考ください。
第三章 国民の権利及び義務
〔国民たる要件〕
第十条 日本国民たる要件は、法律でこれを定める。
〔基本的人権〕
第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
〔自由及び権利の保持義務と公共福祉性〕
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
〔個人の尊重と公共の福祉〕
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
〔平等原則、貴族制度の否認及び栄典の限界〕
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
〔公務員の選定罷免権、公務員の本質、普通選挙の保障及び投票秘密の保障〕
第十五条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
〔請願権〕
第十六条 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
〔公務員の不法行為による損害の賠償〕
第十七条 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。
〔奴隷的拘束及び苦役の禁止〕
第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
〔思想及び良心の自由〕
第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
〔信教の自由〕
第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
〔集会、結社及び表現の自由と通信秘密の保護〕
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
〔居住、移転、職業選択、外国移住及び国籍離脱の自由〕
第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。
〔学問の自由〕
第二十三条 学問の自由は、これを保障する。
〔家族関係における個人の尊厳と両性の平等〕
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
〔生存権及び国民生活の社会的進歩向上に努める国の義務〕
第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
〔教育を受ける権利と受けさせる義務〕
第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
〔勤労の権利と義務、勤労条件の基準及び児童酷使の禁止〕
第二十七条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
3 児童は、これを酷使してはならない。
〔勤労者の団結権及び団体行動権〕
第二十八条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
〔財産権〕
第二十九条 財産権は、これを侵してはならない。
2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
〔納税の義務〕
第三十条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。
〔生命及び自由の保障と科刑の制約〕
第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
〔裁判を受ける権利〕
第三十二条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。
〔逮捕の制約〕
第三十三条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
〔抑留及び拘禁の制約〕
第三十四条 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
〔侵入、捜索及び押収の制約〕
第三十五条 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
2 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。
〔拷問及び残虐な刑罰の禁止〕
第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。
〔刑事被告人の権利〕
第三十七条 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
2 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
3 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。
〔自白強要の禁止と自白の証拠能力の限界〕
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
3 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
〔遡及処罰、二重処罰等の禁止〕
第三十九条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
〔刑事補償〕
第四十条 何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。
『第三章 国民の権利及び義務』、第十条から第四十条まで、本当に細かく明記されていて、改めてすごいなと思います。
基本的人権の尊重は、私たちが普通に、日常生活を送ることができることを保証するものです。
普通に暮らすとは、例えば:
- 家族や友だちと好きな時にご飯を食べたり、会ったりできる。
- 好きな本、雑誌を読んだり、映画、アニメ、サブスクのドラマを見たりできる。
- なんでも好きなことを雑談できる。
- 自分の考えやアイデアを自由に表現できる。
- SNSやブログで自由に発信できる。、デモに参加したりできる。
- 政治の批判もでき、デモに参加したりできる。
- 電話やメールが盗聴されない。
- 自分の財産は侵されない。
- 不当に逮捕されたり、拷問を受けたりすることはない。
というようなことです。すごく当たり前のことのように思えます。
でも、当たり前のことではないのです。戦前の大日本帝国憲法では、個人の基本的人権は保証されていませんでした。凄惨な戦争の反省から、現憲法で基本的人権がここまで明確に明記されたのです。
戦争を放棄し、二度と戦争をしないと誓い、国家主権、基本的人権を保証した憲法のしたで、国民は働いて税金を収め、平和に自分の好きなことして暮らせる世の中になったのです。
しかし、時代は確実に逆行しています。憲法でこれほど細かく基本的人権が明記されていても、政府は憲法を守っていません。
政府の圧力で、メディアやTVの“言論の自由”は著しく失われていると強く懸念しています。国民は知るべき情報を得ることができていません。
個人の財産やプライバシーを把握しようとしています。SNSの言動にも弾圧がきています。
改憲になればこれらの基本的人権はなくなります。自民党の草案には、一応、基本的人権が明記してありますが、国家が個人の基本的人権の上にあるという構造です。解釈次第で、いくらでも人権を侵害できるのです。
前文にも書きましたが、基本的人権は、空気のようなものだと私は思います。絶対必要なものだけど、あるのが当たりまえすぎて、その存在を意識さえしたことがないもの。もし失くしてしまったら、物理的には生きていけると思いますが、自由に発言できない、書けない、いつも誰かに監視されているのではないか、いつ不当に逮捕されたり、財産が没収されるかもしれないと怯えながら生きることになるかもしれないと思います。好きなドラマや映画を見たり、小説を読んだり、そんなこともできなくなるかもしれません。



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